ボランティアする人に読んでほしいこと (連携室から)

内閣官房ボランティア連携室より、現在のボランティアのニーズや被災地に行く心構えなどを伝えます。

ボランティアの立ち位置(湯浅室長より)

4月18日(月)

「何もやることがねえ。すると余計なことを考えてしまうんだよな」と、釜石市のある地区の住民は、やや投げやりな様子で語った。

三陸沿岸部を南北に貫く国道45号線から太平洋に突き出した「半島」に分け入ると、まだまだガレキ撤去の進んでいない地域がある。道路脇に積み上げられたガレキをよけながら進んでいくと、津波に洗われたガレキ群の奥の坂の上に、無事だった民家が立ち並ぶエリアに入る。

その地区の住民たちで津波を逃れた40人が、震災の日、地元で漁師をする一軒の民家で一夜を過ごした。そこは炊き出し拠点となり、自衛隊が到着するまでの一週間、何も届かない中、住民たちは自力で生き延びた。

その一週間、住民たちは朝8時に皆で朝食をとった後、ガレキ撤去に携わり、40体の遺体を発見して、半壊したお寺の本堂に安置した。子どもが不憫だと、母親を亡くした父子家庭のためにバラックを建設もした。水道も電気も通らない中、流れ着いた風呂桶を活用した露天風呂を自前で造った。「(震災前は)むしろ、まとまりがなかった」と振り返る住民たちが結束して、窮地をしのいだ。

それから一ヶ月。救援物資が届くようになり、食事は安定した。毎日、自衛隊がガレキ撤去を進めてもいる。まだその家からは何百メートルも手前だが、たしかに少しずつ、きれいになっている。各家庭に湧き水を引っ張るパイプも通して、洗い物ができるようになった。電気もあと数日で届く。

緊急の段階は脱しつつある。しかし、住民たちの顔は浮かない。それが冒頭の一言に集約されていた。やることがない・・・。

毎日、船で海に出ることがあたりまえだった人たちが、漁に出られなくなる。重機はなく、自衛隊のガレキ撤去を見ているしかない。子どもとその親たちは、学校に通える市内の避難所に転居する。市内の建設業者がガレキ撤去を請け負った、再開発を見込んで浸水しなかった地域の地価が急騰している、という話を聞きながら、残された者たちは、焚き火を囲んで、ときどき開かれる漁業組合の会合に顔を出すが、必ずしも展望のある話が出るわけでもない。生き延びるために必死で毎日を生きているときには考えなかった、将来へのさまざまな不安が首をもたげてくる。「(子供がいなくなるってことは)誰もいなくなるってことだよ」――炊き出し拠点になっている家の主は、地区の将来をそう悲観した。 「ダンプ一台でもあれば、自分たちで片付けるんだけどな。ここに住んでいる地元の人間なんだから、一番きれいにしてみせるんだがな・・・」。急性期が終息しつつある中で、現実の生活課題が急速に頭をもたげてきている。

役割(仕事、やること)を奪われた人間は辛い。漁に出られなくなった漁師、重機やダンプがなく、自分たちで片づけが進められない住民、消防車を失った消防団は、自分たちの役割喪失に深刻に直面する。

もちろん、人生(生活)は役割(仕事)だけではない。「仕事を失っても人生があるじゃないか」と言う人もいるだろう。それは間違いではない。しかし、決定的なのは順番だ。不本意に役割(仕事)を失って深い喪失感に襲われてしまった人たちに対して、その後で、その言葉をかけても慰めにはならない。役割(仕事)を失う前に、仕事という役割を持ちながら、徐々に生活にも役割を見出し、役割喪失に直面しないまま、一つの役割から他の役割へと役割移行をしていけるならば、「そういう考え方もある」と受け入れられるかもしれない。後か前か、そこには均質な時間軸に還元できない質的な違いがある。

だからこそ、深い役割喪失感に襲われている人たちに対しては、役割を提供する必要がある。それは被災者自身によるボランティア活動を始めとして様々な形態を取りうるが、端的には「被災者雇用」という形を取るだろう。政府は4月5日、「『日本はひとつ』しごとプロジェクト」を発表し、その中で、①ガレキ撤去における地域の建設業者の受注確保推進、②被災した離職者を対象にした雇入れ助成金、③重点分野雇用創造事業における被災者雇用のメニュー(「震災対応分野」の追加)を決めた。特に③については、支援物資の仕分け・整理・梱包・配送、被災者宅の戸別訪問による安否確認など、これまで自衛隊やボランティアによって担われていた多様な分野を雇用で行えることが例示されている。自治体がメニューを活用して、地元雇用を推進することが期待される。

岩手県各地を回る中で「若いあんちゃんが、家を流され、仕事も失い、何もすることがなく、ただ炊出しを食っているだけというのはよくない」という言葉を何度も聞いた。地元の人たちは皆、心配している。それは「大変な被災者の人たちのために、自分も何かしたい」と、もどかしさを募らせる被災地外の思いとは、重なりながらも、場合によってはずれる部分もある。

外からのボランティア(支援)は、いつか去る。そのときに、地元にたくさんの役割が残っているのが良いボランティア(支援)だろう。地元にたくさんの役割(雇用)が残るボランティア(支援)をしたい。その意味で、ボランティア(支援)には、被災者・被災者コミュニティに対して、「下から、後ろから」という立ち位置を取るべきだと思う。

今回、失業した被災者は多い。その人たちの「自助」を引き出す「共助(ボランティア/支えあい)」「公助(公的雇用)」が望まれる。その意味で、「自助」と「公助」は対立するものではない。

やや投げやりだった冒頭の彼が、「しょうがねえ。やるしかねえ」と言いながら、役割と張り合いをもって日々の課題に立ち向かう日が戻ることを願っている。

 

 

内閣官房震災ボランティア連携室
室長 湯浅 誠

 

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3.11復興支援情報サイト 助けあいジャパン 更新停止のご挨拶

サイト「助けあいジャパン」更新停止のお知らせとお願い
いつも「助けあいジャパン」の活動にご理解とご協力をありがとうございます。
私たち「助けあいジャパン」は東日本大震災の発災後いち早くサイトを立ち上げ、いままで情報支援活動・ボランティア支援活動を、プロボノの方々をはじめたくさんの方々のご協力のもと行ってまいりました。
震災から5年半、地道に更新を続けてまいりましたが、このたび、情報支援サイトとしてある一定の役割を終えたと判断し、サイト「助けあいジャパン」の更新をいったん停止させていただこうと思います。
いままでご協力いただいた方々、応援してくださった方々、情報をくださった方々、そして私たちのサイトを見て東北に行ってくださった方々、本当にありがとうございました。
情報支援サイトの更新はいったん停止いたしますが、支援活動に終わりはありません。これからもフェーズに合わせた支援活動を続けていきたいと思っております。
なお、熊本地震では「いまできること」(http://imadekirukoto.jp/)というサイトを運営し、情報支援活動を続けております。
今後、ボランティア・ニーズが起こるような大規模災害において「いまできること」サイトを中心に支援活動を行ってまいります。
これからも「助けあいジャパン」をよろしくお願いいたします。

代表理事 石川淳哉・佐藤尚之