川堀昌樹
ボランティア
きっかけバスへの寄付
大船渡津波伝承館

「あなたに助かってほしいから」大船渡津波伝承館のポリシーです。一人でも多くの方に、館長が撮影したビデオや語りを通して、震災の学びを体感して欲しいです。東日本大震災では、多くの人々が亡くなりました。このような悲惨な事から一人でも救いたいという思いを共有しましょう。

さかした三浩
絆ジャパンボランティアチーム/代表
沖縄・球美の里 福島の子どもの保養プロジェクト

東日本大震災で起きてしまったことは大人も子どもたちにとっても辛くて厳しくて悲しい出来事でした。ただし、その後に起きた原発事故後の対応に関しては、大人の責任であり、そこに住む人、特に子どもたちには何の非もなければ責任もありません。そんな子どもたちの心とからだのケアを考えたこのプロジェクトを私は応援しています。心の奥からの笑顔を早く取り戻してほしいと願っています。

藤井翔太
Object of Null,Inc.
師である石川淳哉さんの家に住まわせていただきながら、助けあいジャパン事務局に2011年3月〜5月まで常駐
2011年3月の助けあい

当時、誰も何が正解かわからない中「自分たちのできること」を世界中の人たちが出し合った時期だと思います。いろいろな人の声を、空気を。少しだけでも自分の時間を、あの日に、東北に向かわせることができるページだと思います。
僕もこの時の体験、時代や社会の捉え方がごそっと変わった感覚が、現在の生き方につながっています。この時に立ち上がっていた人たちのように、人間が生きていくために必要な自分の役割を探し、磨いていくことがこの日本や世界に対する自分の姿勢だと思っています。

加倉井誠
チーム恵比寿/代表
助けあいジャパンのクレジットカードを作りました
大船渡市街地に押し寄せる津波

さいとう製菓株式会社 齊藤賢治氏が撮影し、公益のためFNNに提供した映像。「何が防波堤だよ!」という同士の叫びが、胸につきささる。

東尚子
かながわ「福島応援」プロジェクト/かながわ避難者と共にあゆむ会
小高ワーカーズベース

福島第一原発事故により避難を余儀なくされ住人のいなくなった南相馬市小高区を、現代日本に突如生まれたフロンティアであり、そこから新しい未来を創造できる可能性があると捉え、行動する力。

渡辺伸一朗
映像プロデューサー/㈱スプーン
スタッフの派遣
石巻専修大学の取り組み

ボランティア活動の際、グランドにテント泊させていただきました。地域の拠点としての取り組みに頭が下がりました。被災者の方々、自衛隊や警察のみなさん、ボランティアの皆さん、日本各地・世界各地からの救援物資。しっかりとした拠点があったことで有機的に活かされたと思います。その後も積極的に学生たちが災害時の支援体制に関して学んでいるとのこと。教訓をぜひとも受け継いで下さい。

柳瀬武彦
Communication Planner/dreamdesign
企画推進チーム
陸前高田 佐藤たね屋 佐藤貞一さんの著書「The Seed of Hope inthe Heart」

陸前高田の「佐藤たね屋」は津波により店を流されました。店主の佐藤貞一さんは瓦礫を集め、店を自力で建設し、小さな金属片で井戸をコツコツ掘って、店舗を復旧しました。そして、英語の全く話せない佐藤さんは英語を一から学び本を書き始めます。それが「The Seed of Hope In the Heart」という本です(朗読もものすごい迫力です)。日本語で書くと想い出してしまいつらいけれど、英語は記号として書くことができるようです。その後中国語版も書かれています。佐藤さんの希望の種は、みんなの涙を見事に吸収し、陸前高田に花を咲かせています。

野上信子
cmプロデューサー/フリー
みんなのアクション等
藤沢烈BLOG

継続して、震災関係の情報を発信し続けていること

小野麻利江
コピーライター
「数字で知る復興のいま」担当
藤沢烈BLOG

「数字で知る復興のいま」では福島・宮城・岩手の新聞5紙の記事をピックアップする作業を担当していましたが、「藤沢烈ブログ」でどの新聞記事が取り上げられているかということが、復興をウォッチし続ける上で有益な指標になっています。

石川淳哉
石川淳哉
代表理事
石巻復興節(くるり)

いやあ、ただただおばちゃんたちが楽しくしてる姿を見て、そこが仮設住宅なんだと気づくのに時間がかかっちゃうほどのコンテンツだなあと。荒削りだけど情報レンジャーっていいなあと、思ったコンテンツでした。

山口かおる
自営業・横浜電脳設計/東北岩手応援チャンネル 広報/2011年3月11日、東北に住む友人の親族が、一時行方不明になった事をきっかけにGoogle PersonFinder 及びTwitter、各SNSで情報を集めていた事から事態を知り深く関わっていった。
情報はライフラインというTwitterの呼びかけに反応し、2011年3月に情報をクローリングするボランティアに登録した事がきっかけ
「日本を支える子どもたちを、東北から送り出したい」森の図書館に込めた想い

2011年3月中旬、Google Person Finder の名簿作成のボラに関わり、初めて【大槌町】という地名を知りました。ピカサにUPされた避難所のホワイトボードに写された人探しのメモを見る度、胸が詰まり、この地をこの目で見たいという欲求に駆られ何度か大槌町及び三陸の地に出向きました。あれから4年の月日が経つ現在も深い喪失感を抱えて生きる方々の気持ちに寄り添う術を模索しています。時々今でもこの記事を読み返し「風の電話BOX」そこから生まれた「かぜのでんわ」という絵本を読み返しています。

三浦 淳
現在自営業
元・情報レンジャー
釜石の奇跡を岩沼に

まずは「釜石の奇跡」のことを知ってほしい。ただ、釜石の奇跡の思想は一例であって、もう一回、災害から命を守るために何をすべきなのか、学校や家族という身近な単位の中で皆で真剣に考えて、そして実践してほしいなと。
心を打たれた記事や動画が他に多数ありますが、防災意識が低下しつつある今、避難訓練を行うことで有事の際の被害者が少しでも減りますように…という思いを込めてこの動画を推薦します。

島田寛昭
デザイナー/フリーランス
ワークショップ・懇親会等に参加
「サンドのぼんやり~ぬTV」

サンドウィッチマンのお二人が2008年からTBC東北放送でやっているバラエティ番組です。この番組の影響で宮城県の小さな町の名前を覚えたり、かなり親近感が湧くようになりました。被災地の現状を「コンスタントに、笑いを交えて」紹介できるのは、この人たちにしかできないと思います!2011年にはTBSでも流していたので、また見られないものかと思います。

中野未知子
フリーランス 研修企画・講師・ファシリテータ
次へのそなえサイトづくりと管理
平孝酒造『日高見 震災復興酒 希望の光』

記事の途中に『日高見 震災復興酒 希望』の裏ラベルの写真が出てきます。私が見ていただきたいのはこのラベルです。以下一部引用。
「...一週間が過ぎても復旧の目処が立たず、発酵中の醪の全廃を覚悟しました。しかし、震災から二週間目、電気など一部ライフラインの復旧などが重なり、諦め掛けていた醪を、遂にお酒として甦えさせる日がやって参りました。ただ、放置していた時間が余りにも長く、垂れ口から搾り出されるお酒の品質がとても心配でした。しかし、我々の心配をよそに、そのお酒はとても力強く生命力に溢れ、我々に勇気と希望を与えてくれました。本来の酒造りでは、如何に良い酒を造ろうかと凌ぎを削りますが、このお酒からは普段の酒造りでは味わえない感動を貰いました。...」
私はこのお酒を震災後、実際に飲む機会にめぐまれました。このラベルにあるようにとても力強いお酒でした。その時の心を動かされる気持ちは今でも忘れられません。

安藤慎二
講演会「あの日をわすれないために(被災地から学ぶこと)」

人との繋がりが見直された東日本大震災、その被災地の方々と繋がっていたからこそ実現できた講演会。全体からみると小さなことに過ぎませんが、小さなことでも発信していくことの大切さを改めて感じ取れた講演会でした。首都圏にいつかは必ず起こる大地震、被災地から多くのことを学ぶ機会を増やす意味でも、被災地に寄り添い、発信していたいです。余談ですが、故郷が阪神淡路大震災で大変だったとき、多くの方の支援をいただいたことから何かできることを行動に移したい、というのが活動の原点です。

山田弓子
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サイト更新ボランティア
東北に桜と音楽を届けるプロジェクト – 東北さくらライブプロジェクト

小田和正さんのコンサートで義捐金を集める、桜植樹プロジェクト。桜が咲くのを待ちわびるのは、未来に夢を持つことになるから。

月刊 復興人

宮城県の復興状況がわかるフリーペーパーがウェブサイトで読めます。デザインもステキです。

三陸鉄道iwatte

あまちゃんに登場した三陸鉄道の元気なサイト。(公式サイトとはまた別です)
見ていると、三陸へ行きたくなります。

行くぜ、東北。

有名なJRのキャンペーン。写真も美しく、旅に出たくなりますよ。

釘子明
陸前高田被災地語り部くぎこ屋
きっかけバスの講師
NHKのあの日あの時、アーカイブ

東日本大震災で、被災者がどのように行動をとったのかを、自分自身で、検証し、次の災害に生かしていただききたいという事を、色んな立場の方々が、話している。5分前後の番組の中に、色んな被災者の思いが込められている番組だから、お勧めいたします。

anjelica kiko kodera
public health nurse
team
内閣府の防災情報

防災に関する情報

宗像 康博
山田町底力チャリティマラソン大会「山田町の交流プラザ「いっぽいっぽ山田」に集まる子供たちの送迎用中古ワゴン車をプレゼントしたい!」

山田町でも、カサあげ工事が始まりました。ダンプカーが行き交うようになり、子供たちはあぶなくて町中を歩くことがままならない状況です。そのため、仮設から「いっぽいっぽ山田」に子どもたちを安全に送迎したい。足がなく外出がままならないお年寄りも送迎したい。その足となるワゴン車を寄贈するために、チャリティマラソン大会を企画しました。(申し込みは3/8まででした)

渡辺賢史
笑顔プロジェクト〜つながろう東日本〜

プロカメラマンを中心とした専門家が、岩手、宮城、福島の仮設住宅をまわり心のケア、コミュニティ作りのサポートをしている団体。活動を通して撮影された現地様子や情報を発信しているので、ぜひ見ていただきたい。

佐藤澄子
ボランティア
サイトの制作
助けあいジャパン 助けあいの入り口「買って応援」

初めて食べるほんとうにおいしいものをたくさん見つけました。「買って応援」「食べて応援」なら私にもできると思います。

新海綾子
ボランティア
サイト制作
買って応援大使

復興支援のお買いものサイトはたくさんありますが、売り手側とは別の、商品の一ファンとしての顔が見えるコメントに買い物意欲を刺激されます。気軽にできる支援の入口として、多くの人におすすめしたいです。

石田(柿沼)陽子
コピーライター(産後の復職準備中!)
2011年4月よりライターとしてお手伝い。現在は「数字で知る復興のいま」「買って応援」担当。
チラシでたどる震災1000日

1,284人が死亡・行方不明になった岩手県大槌町で、震災後はじめて新聞に折込チラシが入ったのは5月26日。重機リース店の新規オープンを告げるものでした。内陸にある会社がニーズの高まりを受けて出店したのです。変わり果てた景色のなか、届けられた「オープン」の文字が大きく踊るチラシ。これを見て、人々はどんなことを思ったのか。
朝日デジタルでは、震災後に配られたチラシ5,551枚を記録・分析することで被災地が抱える課題や生活の変化をたどっています。手書き・モノクロ・文字だけのチラシが、徐々にデザイン化されカラフルになっていくのがリアルです。
すばらしいコンテンツなのに、知らない方も多くてはがゆいです。ぜひ、みなさんもご覧になってください!

板谷慎司
助けあいジャパン
事務局
絆ジャパン

2011年6月から福島県内でのボランティア活動に参加するためのバスを企画し、今でも毎週のように出し続けているチーム。

落合絵美
PRコンサルタント
広報スタッフ(プロボノ)
第八開運丸

第八開運丸は、岩手県山田町の8人組の漁師集団です。人口2万人に満たない小さな海の町山田。震災で800人以上が亡くなる中で、「このピンチをチャンスに変えよう!」と立ち上がったのが第八開運丸です。自分たちも身内を失ったり、家を流されたりした中でいち早く漁を再開。津波の影響でよその養殖場から逃げてきた魚を一網打尽にするなど、「これからはより実力勝負の時代」と言います。
彼らの漁の素晴らしさはもちろん、私がオススメしたいのはその明るさと力強さです。逆境だからこそ果敢に攻める姿勢、死と隣り合わせの厳しい漁をしているからこその底抜けの明るさは、私たちを勇気づけてくれます。

つながり大作戦

2014年2月から3月にかけて、全47都道府県から1700人以上の学生が東北に向かいました。学生が立ち上げた震災の風化防止プロジェクト「きっかけバス47」です。現地を見て、現地の人の話を聞いた学生たちは、それぞれが住む町で、東北の復興状況や、そこでたくましく日常を生きる人々の様子、美しい景色、美味しい食について語り、東北から学んだ防災の知識や備えについて周囲に伝えています。このプロジェクトはかたちを変え、「つながり大作戦」として現在も継続しています。学生たちの想いと行動力を知ってほしい。その先には、東北に対する誤った認識の払拭、実際に足を運ぶことでの経済的貢献、日本各地の防災意識の向上、日本全国と東北の絆づくりなど様々な意義があります。ひとりでも多くの方に知っていただき、5年も10年も続くプロジェクトに育ってほしいです。

中原寛法
仙台 亘理町 わたりグリーンベルトプロジェクト

亘理町の沿岸部の防潮林の再生、100年後の森をつくるプロジェクト。
毎年冬に開催される熱気球フェスティバルでは、空から亘理の街と森が再生していく姿を見ることができます!!!

堀岡恵子
石巻日日こども新聞

石巻のこども記者を通じて石巻のいまの姿が伝わってきます。当初に比べて活動の範囲も広がっていて、継続して邁進されている姿勢は本当に素晴らしいことだと思います。
こどもの未来を支えるための懸命な活動が、いまも続いて進化している姿が、より多くの人たちにとどけばいいなと願っています。

香田史生
広告制作
制作お手伝い
俵万智さん 母として沖縄避難

考えさせられて心にぐっときました。いろいろ問題はありますがそれに対峙しなければ解決に向かわないと思いました。

石畠吉一
株式会社そろそろ
サイトの設計をしていました
卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)

震災後、日本人が、地球市民として心を1つになった一瞬があったと思い出せる良文だと思います。毎年、高校を卒業する全国の高校生に読んで欲しいです。僕の子供にも必ず読ませたいと思っています。

知ろうとすること

いまこそ見て欲しいかどうかは微妙ですが......「知ろうとすること」はポジティブ・ネガティブいろんな情報が流れる中、早野さんの発信のスタンス・糸井さんの受け取り側のスタンスをトレースすることで、自分の中にもぼんやりとだが判断するときの軸ができたのでよかった。今でも気付きが多いと思います。

佐藤尚之
コミュニケーション・ディレクター/公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事
言い出しっぺ&初代代表理事&現代表理事(返り咲き)
九州新幹線全線開業 祝!九州縦断ウェーブ CM「総集編」180秒ver.

なぜ「九州新幹線全線開業CM」なんて紹介するのか。それは、ボクが震災支援時、何度も何度も見て、何度も何度も「がんばろう」と再確認した映像だからです。
3月11日直後からずっと動き続けたあの色濃い日々。当初は衝動と志に突き動かされてただただ必死に動いていたけれど、だんだんとその衝動と志が薄れてきていろいろ辛くなってくる。日々いろんな方々の悲しい話ばかり聞いているとどんどん心が暗くなり、挫けそうになる。そんなとき、夜中にひとり、この映像を見て泣いてました。人々のつながり。笑顔。喜び。このドキュメンタリーCMにはそれがつまっていて、ボクは何度もこれを見ながら「なんのために活動しているのか」を思い出していたのです。奇しくも九州新幹線全線開業は、震災の翌日。なのでこのCMも放映自粛され、ネット上のみで公開されていました。
この企画でまっさきに思い出したのはこのCM。久しぶりに見て、やっぱり泣きました。なんか、自分がしたちっぽけな関わりも何かしらの力になっているのではないかと思わせてくれるんです。そんなこともあり、趣旨と少し違うかもしれないけど、この映像を「いまこそ見てほしいもの」として紹介させていただきます。

吉柳さおり
PR会社プラチナム代表取締役
広報
雄勝学校再生プロジェクト

復興プロジェクトは本当にさまざまな活動があり、どれが素晴らしいなどとは甲乙つけるのは非常に難しいですが、PRをお手伝いした経緯でこのプロジェクトを知ったので多くの方々に知ってほしいと思っています。

風間公太
良品計画でマーケティングの仕事をやっています
運用を担当していました
Yahoo! JAPAN 防災速報アプリ

自然災害を止めることはできませんが、意識を持つことで避けたり身を守ることはできます。各種防災情報が届くアプリを持つ人が増えることは、救える命を増やすことになると思います。

金澤秀晃
助けあいジャパンのソーシャルメディア立ち上げ&運営担当
助けあいジャパン公式Twitter

東日本大震災直後に「助けあいジャパン」の更新情報をはじめ被災地の人たちへの祈りや励ましが見えるような情報を発信する為に立ち上がった公式Twitterです。人々の助けあい、地域の助けあい、日本の助けあい文化を広めていきたいという考えのもと運営されています。

福島 治
グラフィックデザイナ
セミナーに参加。助けあいジャパンの情報を支援プロジェクトに活用
モリウミアス

石巻市雄勝町の廃校を2000人のボランティアで、リノベーション。
2015年夏に、雄勝の自然を使った体験型学習施設をオープンする。
日本の子どもたちに人として成長するために、大切な学びや自然の素晴らしさを農業、漁業、林業などの体験から学ぶ。
雄勝町を復興する目的を超えて、震災前より多くの人が集まる場所にする事を目的としていることが素晴らしい!雄勝町の未来や子どもたちの未来をうみだす場所を目指している。
最終的には世界中から多くの人が集まるダイバーシティにすることを目指している。そのために、そうしたスキルを持ったスペシャリストが集まり、人生をかけて準備を進めていることが、他の復興プロジェクトと一線を引いている凄い点だと考えます。

緒方恵
ソーシャル広報
みんなのアクション

4年が経ってもまだアクションし続けている人はたくさんいるのだ、ということがすぐわかりかつ、すぐ参加できるコンテンツを配信しているため、とっつきやすい故。

本間勇輝
東北復興新聞
情報連携
東北復興新聞

復興現場のよい事例が集まっている

齋藤圭吾
dreamdesign
サイト制作
Tweets3.11

2011.3.11。その時自分は何をしていたのか蘇ります。